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あさがおぞうし
朝顔草紙
山本 周五郎
「講談倶楽部」大日本雄辯會講談社、1938(昭和13)年10月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,019 字 · 29 页
――ああ、すでに文絵は他へ嫁したな。
信太郎は恟恟としながらそう思った。だが、間もなく監物の口から出た言葉は、それ以上に愕くべきものだった。
「――忝い、よく迎えに来て呉れた」
監物は低い声で云った、「十五年といえば短い月日ではない、然も山河遠く離れ、音信も交さずに過して来たものを、よく忘れずにいて呉れた。若し、若し……文絵が生きていたら、どんなに悦んだことであろう」
「えッ? 生きていたら、とは」「娘は死んだ」「――――」
「去年の秋から病みついて、この春の花を待たずに死んで了ったのだ」
信太郎はあっと息をのんだ。胸の一部にいきなり大きな穴が明いた感じだった、それからその穴を埋めるように、悲しさと落胆とが、一時にどっと烈しく押寄せて来た。若し血が声を発するものなら、そのとき信太郎の全身は哀哭の叫びで引裂けたに違いない。
「残念だが、最早なんとも致方がない、諦めて呉れ信太郎」
監物の慰める言葉を遠いものに聞きながら、やがて信太郎は咽ぶように云った。
「仏間へ御案内願えませぬか」「回向して呉れるか、――さぞ文絵も喜ぶであろう、では此方へ」
監物は起って襖を明けた。