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あさがおぞうし
朝顔草紙
山本 周五郎
「講談倶楽部」大日本雄辯會講談社、1938(昭和13)年10月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,019 字 · 29 页
一
一
部屋へ入ると直ぐ、父の様子が毎もと違うのを信太郎は感じた。
「お呼びでございますか」「うむ、――」信右衛門は好物の莨を喫っていたが、信太郎の坐るのを待って静かに煙管を措いた。
「突然のことで驚くかも知れぬが、そのほう明日江戸を立って、故郷まで行って来て貰いたいのだ」
「――石見へでございますか」「石見の浜田だ」「何ぞ急な御用でも……」「一人――人を斬るのだ」
意外な言葉だった。訝るように見上げる信太郎の眼を、眤と見返しながら、信右衛門は静かに云った。
「父が永の暇を出されて浜田藩を退身したのは、十五年以前の夏のことであった。なぜ退身したかということは今日まで話さなかったし、出来るならいつ迄も話したくはない、――然し順序として簡単に云おう」「その仔細なら、あらまし存じて居ります」
信右衛門はちょっと意外な面持をした。
「どうして知っているのだ」「亡くなる二年ほどまえ、母上から聞かせて頂きました」「――そうか」
信右衛門は静かに膝を撫でて、
「では神尾采女のことを知って居るな」「はい、――」
安倍信右衛門は今から十五年まえ、石見国浜田藩に物頭格五百石で仕えていた。