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さくらのみのじゅくするとき
桜の実の熟する時
島崎 藤村
「文章世界」1913(大正2)年1~2月、1914(大正3)年5月~1918(大正7)年6月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 111,569 字 · 222 页
というところへ捨吉等は行き合せた。
「操」
と、青木が他の部屋の方へ細君を見に行くらしい声がする。「嘉代さん、嘉代さん」と細君のことを親しげに呼ぶ吉本さんの家庭を見た眼でこの青木の寓居を見ると、そうした気質に反抗するようなものがここにはあって、それがまたいじらしく捨吉の眼に映った。ここでは細君も呼捨てだ。青木の細君は客のあることを聞いて、赤児と共に籠っていた部屋の方で、いろいろと気を揉むらしい気色がした。
「女の児が生れた――僕も初めて父親と成って見た――鶴という名を命けたが、どうだろう」
話好きな青木は菅や捨吉を前に置いて、書生流儀にいろいろなことを話し始めた。側にある刻煙草の袋を引寄せ、それを鉈豆の煙管につめて喫み喫み話した。菅も捨吉もまだ煙草を喫まなかった。
「菅君は好い」
と、青木が言出した。話したいと思うことの前には、時も場合も無いかのように、それを言出した。
こう三人一緒に成って見ると、もう一人の学友――青木と幾つも年の違いそうもないあの足立をここに加えたならば、とそう捨吉は思った。平素から静和な感じのする菅がここで見ると一層その静和な感じのするばかりでなく、二人で面と対って話している時にはそれほどにも気のつかないような人好きのする性質を、捨吉は側にいる菅に見つけ得るようにも思った。