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さくらのみのじゅくするとき
桜の実の熟する時
島崎 藤村
「文章世界」1913(大正2)年1~2月、1914(大正3)年5月~1918(大正7)年6月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 111,569 字 · 222 页
「玉木さんは、捨さんのお父さんに御逢いに成ったことが有りますか」
「いえ、一度も――岸本さんという御名前は聞いてはおりましたが」と玉木さんが答えた。
玉木さんは食客らしく遠慮勝ちに膝をすすめて、夫婦して並んで食台の周囲に坐った。「さあ、どうぞ召上って下さい」と田辺の細君に言われて、「戴きます」とは答えたが夫婦とも直ぐ箸を取ろうとしなかった。御飯やおかずのつけてある前に、やや暫時頭を下げていた。それを見て捨吉はこの玉木さんが基督教の信徒であることを知った。
お前はクリスチャンか、とある人に聞かれたら捨吉は最早以前に浅見先生の教会で洗礼を受けた時分の同じ自分だとは答えられなかった。日曜々々に定った会堂へ通い説教を聞き讃美歌を歌わなければ済まないことをしたと考えるような信者気質からは大分離れて来た。三度々々の食前の祈祷すら廃している。では、お前は神を信じないか、とまたある人に聞かれたら自分は幼稚ながらも神を求めているものの一人だと答えたかった。あやまって自分は洗礼なぞを受けた、もし真実に洗礼を受けるならこれからだ、と答えたかった。
多勢の男女の信徒が集る教会の空気は捨吉の若い心を失望させたとは言え、学校のチャペルで日課前に必ずある儀式めいた礼拝なぞにもほとほと興味を失ったとは言え、何時の間にか彼はいろいろな基督教