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さくらのみのじゅくするとき
桜の実の熟する時
島崎 藤村
「文章世界」1913(大正2)年1~2月、1914(大正3)年5月~1918(大正7)年6月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 111,569 字 · 222 页
後から後から何か湧いて来る。時には、どうしてあんなことが言えたろうと、互に話し合ったことを後で考えて見て、ビックリすることさえもある。
足立が前に言ったことは、ふと捨吉の胸を通過ぎた。「何故、君はあんなに一時黙っていたんだ」と足立が尋ねたが、そう直截に言ってくれるものはこの友達の外に無い。捨吉はその時の答をもう一度探して見た。「僕は自分の言うことが気に入らなく成って来た……一時はもう誰にも口を利くまいと思った……そうすると独語を始めた、往来を歩いていても何か言うように成った……とても沈黙を守るなんてことは出来ない……」
あの時、足立は快活な声で笑った。そしてこんなことを言った。「なにしろ岸本にも驚くよ。折角あんなに書いた物を焼いて了うなんて男だからねえ」
眼前にあることと済んで了ったこととが妙に混り合った。捨吉は足立や菅と一緒に居て、一人の友達の左から分けた髪が眼についたり、一人の友達の黒い羽織の色や袴の縞なぞが眼についたりした。何処までが「今」の瞬間で、何処までが過去ったことだか、その差別をつけかねた。
髭の赤い舎監が部屋の扉を開けて見廻りに来た。