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さくらのみのじゅくするとき
桜の実の熟する時
島崎 藤村
「文章世界」1913(大正2)年1~2月、1914(大正3)年5月~1918(大正7)年6月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 111,569 字 · 222 页
多くの他の少年が親の膝下でのみ許されるような我儘は全く彼の知らないものであった。まだそれでもお父さんの生きているうちは、根気よく手紙をくれて、少年の心得になるようなことや、種々な郷里の方のことや、どうかすると嫂が懐妊したから喜べというような家庭の中のことまで、よく書いてよこしてくれた。お父さんが亡くなったことを聞いたのは、彼が十三の歳であった。お父さんの最終にくれた手紙には、古歌なぞに寄せて、子を思う熱い親の情が書き籠めてあったが、それからはもう郷里の方のこまかい事情を知らせてよこしてくれる人もなくなった。お母さんからも遠くなった。漸く物心づく年頃になって、彼は一年ばかりも郷里の方のお母さんの側に居て来て見たいと言出したことがある。「貴様も妙なことを考える奴だ」と田辺の小父さんから笑われたことがある。どうも自分の性質はひねくれるような気がして仕方がないと言って見て、「馬鹿、学問を中途で止めて親の側に居て来るという奴があるものか」とまた小父さんから酷く笑われたことがある。捨吉がお母さんの側にでも居て来て見たいなぞと言出したのは、後にも前にもその一度きりであったが。