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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
03 第三部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 167,285 字 · 330 页
「知ってはいないか」と甲斐は穏やかに云った、「知らなければ知らぬでいい、刺客というものには、多くのばあい煽動者がある、なにが真実であるかをみきわめる能力がなくて、血気にはやる人間は少なくない、そういう者はたやすく人に動かされ、すぐ壮烈な気分になって、どんなことでもやってのけるものだ」
「私がその、煽動者だというのですか」
「どちらかというと、私はあまりうぬ惚れるほうではない」と甲斐が云った、「首を覘われていることも、煽動者の多いことも、私にはたいして関心がない、そんなことよりまえに、侍の奉公というものはつねに命を賭けたものだ、と教えられたときから、私はいつも死と当面して来たし、死のおそろしさを知って来た、あんまり死を考え、死をおそろしいと思い続けたために、いまでは生よりも死のほうに親しさを感じているくらいだ、こんなことを口にするのは初めてだが、おそらく七十郎にはわかるまい、――小野が危篤だと聞いても、やすらかな往生を願うほかに、私にはなんの感慨もなし、また遺言などをことさら重大だとも考えない、それだけだ」
そして甲斐は廊下へ出た。
七十郎は棒立ちになっていて、甲斐が出てゆくのに気づき、なにか云いかけようと、あとを追って出たが、そのとき玄関のほうから、若い家士が出て、「一ノ関さまからまたお使者です」