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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
03 第三部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 167,285 字 · 330 页
憔悴した顔が蒼くなり、肩からちぢまるようにみえ、そうして、低い声で、彼は挨拶を述べた。
丹三郎は冷やかに「しばらく」と云ったきり、二度と新八を見ようとはしなかったし、その表情からは、ついに侮蔑の色が消えなかった。
――舎人から事情を聞いたな。
甲斐はそう思った。新八がここへ逃げこんだ事情を、舎人から聞いたのであろう。畑姉弟を誘拐し損じたことと、ここへ逃げこんだわけを聞けば、丹三郎の気性としては赦すことができないにちがいない。潔癖であることはいいことだ、潔癖でいちずな気性は悪くない。丹三郎の生きかたには紛れもないし迷いもない。すがすがしく、きっぱりと割り切っている。そうだ、だからこそ彼は鬼役を買って出ることができたのだ、と甲斐は思った。
食事はきまずい気分のうちに終った。甲斐は二人をとりなさなかった。かれらはまったく無縁である。流れの中で偶然によりあった木の葉が、すぐに相はなれて、互いの方向へ流れ去るようなものだ。このままでいい、と甲斐は思った。女中たちが食膳をさげ、茶と菓子をはこんで来た。丹三郎は毅然と坐ってい、新八はうなだれたままであった。
断章(十)