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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

03 第三部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 167,285 字 · 330 页

青空文庫

「そんな、――」と玄四郎は口ごもった、「しかしそんな、三十万石を与えるなどということを、実際にお二人がしたのだろうか」

「証書がとり交わされたことは、わたくしが現に見ていました」

「貴女が、見たんですって」

「一枚は殿さま、一枚は兵部さまが、お互いの手から手へ渡すのを拝見しました」

「人払いもせずにですか」

「殿さまはああいう御気性ですし、わたくしたちはお次におりますから、たいていのことは見えもし聞えもしますの」

玄四郎は茶碗を取った。

「その証書は」と彼は軽い口ぶりで云った、「その証書があれば、柿崎さんは満足されるんですね」

「わたくしにはできません、以前のわたくしなら、盗み出したかもしれませんけれど、もう二度とそんなことは致さないつもりです」

「ちょっと障子をあけましょう」と玄四郎は立ちあがった。

玄四郎は窓の障子をあけ、そこに立って、やや暫く外を眺めやった。ひろい池の水面が、冬の暖かい午後の陽にきらめいていて、蓮の、枯れてしおれた葉を付けたものや、二つに折れたものが、そのきらめく水面に、淡墨で描いたような、複雑な模様を映していた。

「もしも貴女が、柿崎どのの手かられて、平安な暮しにはいりたいと思うなら」