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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

03 第三部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 167,285 字 · 330 页

青空文庫

父の伊東利蔵重村は、隠居して宗休となのり、年もすでに八十歳に近かった。兄の善右衛門には、正太夫、友謙、三郎兵衛という男子がおり、長男の正太夫は結婚して、もう子供が一人あった。

「――父上は気が弱っておられるから注意しろ」

兄の善右衛門にそう云われたが、七十郎には、父が気が弱っているようにはみえなかった。このまえ小野で、新左衛門の葬儀があったときも、親族ちゅうの長者として、充分の重みと風格を示した。

「あのときおまえがへんなことを云った」と兄は七十郎に云った、「父上はいつまでも御壮健すぎる、とうてい八十に近い翁とは思われない」

「事実そうだからな」

「それだけならよかったんだ」

「それだけだったと思うがな」

「おまえは酔っていたようだが、人間というものはその年齢があらわれるのが自然だ、あまり壮健すぎ、年よりも若くみえるような者は、突然ぽっくりとまいるものだ、父上もお気をつけなさい」

「冗談じゃない」

「そのとおり云ったんだ」

「冗談じゃない、おれがそんなことを」

そう云いかけて、七十郎は頭を掻き、云ったかな、と口の中で呟いて、いかにも閉口したような眼つきで、兄を見た。