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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
03 第三部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 167,285 字 · 330 页
「わたくしうかがいますわ」
「それが話せなくなった」
「どうしてですの」
「話してもむだだということがわかった、原田家のことを話しているうちに、もう一つのことは話さないほうがいい、ということがわかったのだ」
宇乃は眼を伏せた。同じようなことがあった、と宇乃は思った。たしかに、いつかどこかで、これと似たようなことがあった。そう思いながら、ふと眼をあげると、坂道の左に、熟れた実をびっしり付けた、茱萸の木があるのをみつけた。宇乃は足を停めて、まあきれいな、と眼をみはった。
「欲しければ折って来ようか」
「ええどうぞ」と宇乃が云った、「おばさまへ、お土産に致しますわ」
帯刀は宇乃の顔を見、すぐにその眼をそらしながら、いやと、首を振った。
「お祖母さまにだ、あの人にではない、土産にするならお祖母さまにだ」
宇乃は「はい」といった。
帯刀の眼はきつく、その声は激しかった。彼が新らしい母になじまないことは、宇乃もよく知っていた。甲斐の二度めの妻は、津田玄蕃の妹で、名を伊久といい、今年二十九歳になる。結婚するとすぐに、甲斐は江戸へ去り、伊久はあとに残った。まだ夫婦とは名ばかりであるし、原田家の主婦としても、その位置は安定していなかった。