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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

03 第三部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 167,285 字 · 330 页

青空文庫

「あれからいろいろな事が起こって、身辺が御多忙だったからでしょう、詳しいことは存じませんが、父からあらまし聞いております」

「お父上の御心労こそたいへんです」と甲斐が穏やかに云った、「私などは案山子も同然ですが、涌谷さまの御苦労こそなみたいていではございません、お側におられる貴方も、さぞ御心配のことでしょう」

「父は常づね、頼みにするのは船岡どのお一人だ、と申しております」

甲斐は口の中で、いや、と呟きながら、謙遜に一揖し、話しをそらした。

「あれから七年とすると、貴方はもう」

「二十二歳になります」

「御結婚のことはうかがったようですね」

「去年、長男が生れました」

甲斐は祝いを述べ、兵庫は続けて、長男が生れるとすぐ、寺池(伊達式部)との地境の争いが起こった、と云った。

「まるで地境の争いを持って生れて来たようだ、などと云って、父は笑っておりましたが」

「境論の起こっているのは、ここから見えますか」

「いや、赤生津と小里村はこのうしろに当りますし、深谷は向うに見えるあの」と兵庫は東南を指さした、「あれが旭山ですが、あの山の向うにあるのです」

「今日、そこへ内検分の者が来るのです」