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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
03 第三部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 167,285 字 · 330 页
いまこんな茶屋と馴染になっているところをみると、その後またなにかあったのだろう。あのときのきまじめな、折り目を正した感じはなくなっている。元のままの、嬌めかしく崩れた、投げやりな態度に返っているようだ。可哀そうに、と新八は思った。
おみやはいちど出ていった。なにか注文をしにいったのであろう。戻って来ると、お酒をもらっていいでしょ、とあまえた調子で云った。新八は頷いた。
「久しぶりだもの、いいわね」とおみやは云い、少し離れて坐ると、ながし眼に新八を見て、ふっと頬を染めた。
「そばへゆきたいけれど、しらふではだめだわ、そばへ寄るとあんた怒るでしょ」
「好きなようにしていいよ」と新八は微笑した。
おみやはびっくりしたような眼つきで、新八をじっと眺め、それから、新さんすっかりおとなになったわ、と云った。
「まえには邪険で、いちどだってそんなやさしいことを云ってくれたためしはなかったわ、いつもあたしをいじめてばかりいたわ」
「おれはもう二十一だよ」と新八が云った。
おみやは眼を伏せた。二十一という年のなかに、これまであった事の、かずかずを思いだしたらしい。いちど伏せた眼をあげて、新八を見て、ごめんなさい、と口の中で囁き、すぐにまた眼を伏せた。