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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

03 第三部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 167,285 字 · 330 页

青空文庫

新左衛門は額から胸までの汗を拭き、靱負の持って来た手箱をあけて、奉書に書いたものを取り出した。これを読んでくれ、と渡されて、七十郎は盃を下に置き、坐り直して、読んだ。

一、忠言あらば卑賤の者たりとも採用すべきこと。

一、親疎によって賞罰を軽重せず、阿諛の者を大敵とすること。

一、両後見、互いに隔心なきこと。

そして後見の伊達兵部と田村右京の名が書いてあった。

「これはまえに見ましたよ」

七十郎はそう云って、紙を巻いた。それは、青根の宿で原田甲斐にも見せたことがある。新左衛門は、それを預かっておいてくれ、と云った。

「出府したら、その三カ条を、誓紙として、両後見から取るつもりだ」

「出すと思いますか」

「拒絶すれば、私は国老にはならない」

七十郎は盃を取った。そして、低い声で、この三カ条をどう役立てるのです、と無関心に訊いた。

「その時が来ればわかる」と新左衛門が云った、「誓紙を取ったら采女に送るが、その写しとして、これはそこもとが持っていてもらいたい、私は必ず取ってみせる」

七十郎は心で頷いた。これなら大丈夫だ、と彼は思った。躯はひどく衰弱してみえるが、それは浮腫がとれたからだろう、両後見から誓紙を取る、必ず取ってみせる、という口ぶりには、ねばり強い精気が感じられた。