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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

03 第三部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 167,285 字 · 330 页

青空文庫

彼は小座敷から出て、廊下を曲ってゆき、杉戸をあけて、裏庭を見やった。すっかり夜は明けたが、外は濃い霧で、板塀も木戸もおぼろげにしか見えなかった。その霧の中で、村山喜兵衛と辻村平六のどなるのが聞え、その間合に、「怪しい者ではない、原田どのに面会したいだけだ」と叫んでいる声が聞えた。

「おめにかかればわかる」とその声は云っていた、「まえにもいちどこの家でおめにかかった、私は柿崎六郎兵衛という者だ」

甲斐は黙って聞いていて、それから、「喜兵衛」とそちらへ呼びかけ、ここへお伴れ申せ、なんの用か聞こう、と云った。

喜兵衛と平六に左右を挾まれて、柿崎六郎兵衛がこっちへ近づいて来た。甲斐は廊下に立ったまま、上から静かに見おろした。六郎兵衛はほつれた髪を撫で、衿や袖の歪んだのを直しながら、「暫くでございました」と甲斐を見あげた。

「御意を得たいと、しばしば申し出ましたがお返辞がない、やむなくかような不作法を致したのです」

「用件を聞きましょう」と甲斐が云った。

「他聞を憚るのです」六郎兵衛は左右の二人を見て云った、「このまえすでに申上げましたから、他聞を憚るということはおわかりでしょう、どうかお人払いを願います」