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じろうものがたり

次郎物語

下村 湖人

02 第二部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 146,773 字 · 294 页

青空文庫

餅菓子を頬張りながら、徹太郎はまた登山の話をはじめた。そして崖に生えている植物の採集の話をし出すと、運平老は得たりとその話をさっきの蘭の絵にもって行き、徹太郎にさっそくそれを見て来るように言った。徹太郎は、

「またお父さんの独りよがりではありませんかね。」

と、笑いながら座敷の方に立って行ったが、間もなく帰って来て、

「やっぱりあれはただの蘭ですよ。高さの感じがちっとも出ていません。あれじゃあ、庭石の横っ腹に生えた蘭だと見られても、仕方がありませんね。」

運平老は眼をくるくるさして、

「なに、庭石の横っ腹じゃと。お前のような平凡な学校の先生には、墨絵の心は到底わからん。お前よりは恭一君の方がよっぽどわかりがよさそうじゃ。」

恭一の顔がかすかに赧らんだ。

「ふ、ふ、ふ。」

と、徹太郎は悠然とあぐらをかいて、餅菓子に手をのばしながら、

「恭一君、お祖父さんの説明にだまされちゃいかんぞ。説明つきの絵なんて、元来印刷物より外にはないはずだからな。」

「けしからんことを言う。水彩画や油画こそ、絵全体が説明ではないか。わしの描く墨絵には、一点の説明もありゃせん。」

「そのかわり、口で説明するんでしょう。