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ぶけわらじ

武家草鞋

山本 周五郎

「松風の門」操書房、1948(昭和23)年6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,835 字 · 35 页

青空文庫

六

「仰しゃるとおり、このやまざとの暮しも、これはこれでまたひとつの生き方でございます、それはそうでございますけれども……」

老人はそう云いかけて口を噤んだ。けれども、というそのあとにどんな言葉が続く筈だったのか、伝三郎にはそれが暫く気になってならなかった。

六

できることならしずかなこの山村で生涯を送りたい、かれがそう思った気持には嘘はなかった、いちどは死のうとまで思ったかれが、ともかくも生きてゆこうと考えるようになったのは、此処へ来て、静閑な朝夕を味わってからのことである。山も野も美しい、落葉しはじめた林の樹々も、耕地に働く農夫も、汚れのない淳朴な、つつましいすがたをあからさまに見せて呉れる、――ここでなら自分も生きてゆける、心から伝三郎はそう思ったのであった。だがそう思ったのはほんの僅かな日数でしかなかった、かれはやっぱりここでも痛いめに遭わなければならなかったのである。

霜月にはいった初めの或る日、作りあげた草鞋を持って柏屋へゆくと、珍しく手代だという中年の男が応待に出た。横鬢の禿げた、眼つきの貪欲そうな手代は、揉み手をしたり愛想笑いをしたりして、頻りにかれの草鞋の出来を褒めあげ、そくばくの賃銭をそこへ並べながら、ひとつご相談がありますと云いだした。