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くるいだこ
狂い凧
梅崎 春生
「群像」講談社、1963(昭和38)年1月~5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 111,430 字 · 226 页
秘密を打ちあける時の切ない響きがあった。その人妻とは誰だろう。終戦後の壕舎にいた女を、栄介は時々思い出すのである。
栄介があの時あそこに行ったのは、それを調べに行ったわけではない。でも、葬儀屋の主人に会ったら、それとなく聞いてみるつもりであった。しかしそんな情事は秘密裡に行われるものだから、主人が生きていても聞き出せなかっただろう。
(もしあの女だったとしたら、葬儀屋で働いていた人、とは呼ばず、いきなり本名で話しかけて来る筈だ)
城介の子供のことを考える度に、栄介はあの女のことを思い出す。もちろん妄想としてである。焼野原の一軒だけの壕舎の女が、よほど印象的であったに違いない。
その後栄介はそちらの方に足を向けたことがない。別に用事もないし、また焼野原の復興ぶりを見るほどの興味も起らないからだ。
「あ。あの橋のたもとで――」
私は前方を指差した。
「橋を渡り切った向うで停めて下さい」
車は停った。私が先に降り、栄介が続いて降りた。道から左手に急坂があり、降り切ったところに舟宿がある。案内を乞うと、加納が出て来た。
「ずいぶんゆっくりでしたな」
加納は言った。