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くるいだこ

狂い凧

梅崎 春生

「群像」講談社、1963(昭和38)年1月~5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 111,430 字 · 226 页

青空文庫

「くたびれたんだ」

「長話で肩が凝ったんかね?」

「いや。この間バスから辷り落ちてさ、背骨を痛めたんだ。あぐらをかくと、そこが曲り放しになるだろう」

奥の間で座布団を二つ折りにして、栄介はあおむけに寝た。背骨がぎしぎしと鳴るような気がした。眼を閉じると、瞼のうらにうっすらと涙が滲んで来るのが判る。舟の中と違って、家の中にはさまざまなにおいが、生活のにおいがただよい揺れていた。長い絵巻物を見終ったあとの、ぽつんとした空虚な感じがあった。

「そうか。相手は葬儀屋の女房だったのか」

彼は眼を閉じたまま呟いた。まだ疑念は残っていたが、彼にはもうどちらでもいいことであった。

「もしそうだとしても、あの娘は葬儀屋の子として育ったのだろう。そして子供を生む。その子供は、祖父が地隙を越えて進軍したことも知るまいし、ベロナールで自殺したことも知らないだろう。人間のやったことは、歳月とともに順々に忘れ去られてしまうんだ」

足音が近づいて来た。栄介は眼をあけた。加納がそこにいた。

「これ、アルバムなんだがね。これはわたしだよ」

アルバムの一頁目に、上等兵の肩章をつけた若い男の写真があった。