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くるいだこ

狂い凧

梅崎 春生

「群像」講談社、1963(昭和38)年1月~5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 111,430 字 · 226 页

青空文庫

海軍ってもっときついとこだから――」

栄介は口のまわりのビールの泡を手で拭った。

「当然そうなるものだと思ったのだ」

「こちらじゃ君が海軍に引っぱられ、南方行きでチョンになる。これが見おさめかと思ってね」

私は言った。

「壮行会の酒もずいぶん無理して集めたんだぜ」

「おれも出したよ」

栄介は頬をふくらませた。

「配給の酒一升を、そっくりそのまま提出したよ」

「壮行会の時、君の背中を裸にして、皆で墨で寄書きをしたね。脂で弾けて、なかなか墨が乗らなかった。あのまま故郷に帰ったのか?」

「ああ。そういうこともあったなあ。あの頃はおれも若くて、二十代だった」

栄介は遠くを見る眼付きになった。その頃物資は窮屈になっていて、酒やビールを手に入れるのは、至難の業になっていた。しかし出征者には特別の配給があった。彼はその頃大森の弁天池近くに下宿していた。駅前の店からその一升瓶を受取り、暗闇坂の入口にさしかかると、モンペ姿の中年女の三人連れが彼の方を振り返って、

「あれ、油かしら」

「いえ。お酒らしいわよ。どこかで配給があったらしいわねえ」

とささやき合っていたのを、栄介は今でもありありと覚えている。