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きつね

狐

山本 周五郎

「産報」1942(昭和17)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,471 字 · 17 页

青空文庫

去年の二月に祝言をしてもう一年以上になるが、夫婦の仲もうまくいっているようすだった。

しかし弥左衛門の気持はこのごろすこし不安になってきた。一年あまりにもなるのに、婿のようすが茫漠として、まったくつかみどころがないのである。栂野にいた時分からひきつづき書院番の頭をつとめているが、城中でも屋敷でもまったくいるのかいないのかわからない、用事があったり思いついたりしていってみると、城中にいる時刻にはちゃんとその役部屋にいるし、屋敷にいる時刻にはかならずその居間にいた。これはみそこなったかもしれぬぞ。老年にはありがちな堪性のなさから、弥左衛門はそろそろ疑惧にかられだしていた。

「このごろ本丸で妙な噂があるようだが、聞いたことはないか」弥左衛門がさぐるようにこう云った。

「はあ、四五日まえにちょっと耳にしました」

「それなら夜釣りにゆくひまで、なにかすべきことがあった筈だと思うが」

「しかしそれほど重大なことでないと考えたものですから」乙次郎はやはり庭の緑をみたままそう云った。

「重大でないことがあるか、噂にもせよお天守に妖異があるとあってはお留守をあずかるわれらの責任だぞ」