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ろうしつき

狼疾記

中島 敦

「南島譚」1942(昭和17)年11月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 23,540 字 · 47 页

青空文庫

手紙を渡しても、果して、M氏はなかなか帰る様子もなく、アリゲエタアの剥製の下に腰を下して、例のゆっくりした調子で話し始めた。その中に、どういうきっかけからか、話が彼の現在の(彼よりも二十歳も年下の)細君のことになり、彼は大真面目で自分と結婚する前の彼女の閲歴などを語り出した。これは少しヘンだぞ、と思っていると、M氏は手にした風呂敷包(今まで私は気づかずにいたのだが、それをわざわざ見せるためにM氏は私の処へ来たのだ)を開いて、中から分厚な一冊の本を取出して卓子の上に置いた。表紙を見ると、薄紫色の絹地に白い紙が貼られ、それに『日本名婦伝』と書かれている。

「家内のことがこれに載っています」とM氏はゆっくりゆっくり言ってから、嬉しそうににやりと笑った。

「?」三造は初め一向のみ込めなかったが、とにかくM氏の開けてくれた所――白樺の、女の子の喜びそうな栞が挟んである――を見ると、なるほど、一頁が上下二段に分れていて、その上段にゴチックで彼の細君の名が記されている。それに続いて生年月日やら生処やら卒業の学校やらが書立てられ、さて、M氏に嫁するに及んで、貞淑にして内助の功少からず云々……とあり、それから今度は奇妙なことに、一転して御亭主たるM氏自身の伝記に変って、彼の経歴から、資性温厚だとか、人以て聖人君子と為すとか