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ねこはち

猫八

岩野 泡鳴

「大阪毎日新聞」1918(大正7)年9月~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,513 字 · 39 页

青空文庫

けれども、自分は人の好む酒をもさし控えて、この商売に使う自分の声を保護しているくせに、人に向ってはやッぱり酒を呑むかのごとく見せかけなければならぬ。こんな苦しいことが他の仕事にもあろうか? 人は芸人なんてしゃアしゃアして、世に苦労もないように思ってるが、その本人にもなってみるがいい。人の知らない苦労をこてこてとしている。自分なんかはまるで苦労の固まりでもってできたような人間である。

それでも、一つ楽みなことには、自分の長屋住いのうら垣根をぶん抜いて、そこから出たところの明き地を前々から安く借りて、野菜を作っている。そして多くできた時は、自分の家族がそれを喰うばかりでなく、隣り近所のものにも分配してやる。近所のものが喜ぶのを見るだけでもまた一つの楽みである。

小かぶや大根の葉につく青虫や黒虫は、畝並みに溝を掘っておいて、そこへ向って葉を振うと、皆ころころと落ちてしまう。それを一どきに踏みつけたり、子供なぞ棒の先で突ッついたりして、殺すのである。

昨今は胡瓜や茄子の苗をも植えつけたので、根切り虫に注意してやらねばならぬ。この虫は泥棒や自分たちと同様、夜業ばかりする奴だから、昼間探しても少しだッて姿を見せぬ。