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しゅくず
現代日本文学館8 徳田秋声
徳田 秋声
徳田秋声『現代日本文学館8 徳田秋声』。同一底本的分册已合并为一书。收入:縮図、仮装人物。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 327,364 字 · 638 页
町はもう日暮に近く、寒い風が庸三の外套の翼に吹いていた。
九段坂へ差しかかった時、荷車の後を押し押して、女連れに少しおくれて、えっちらおっちら登って行く少年詩人の姿がみえたが、そこまで来ると、庸三も何となし間が抜け、にわかに立ち止まった。これ以上追窮する必要はない。――庸三はそうも思ったが、やがてまた歩き出した。
車の止まったのは、坂を登りきってから、左と右とへ二回まがった、富士見町のある賑やかな通りであったが、行きついて見ると、それは花屋で、飾り窓の厚硝子の中に、さながら花氷のように薄桃のベコニヤが咲き乱れていた。
ふさわしい愛の巣だ――庸三は頬笑ましげにも感じて、荷物の持ちこまれる露路を入って行った。花屋の勝手口がそこにあった。庸三は勝手元の廊下にある梯子段を上り、荷物の散らかっている上がり口の三畳を突っ切って、いきなり部屋へ躍り込んでみたが、案に相違して、そこには瑠美子と北山がいるだけで、清川の姿も葉子も見えなかった。
「ヘえ、いないのか。」
庸三は新調のふかふかしたメリンスの対の座蒲団の一つに、どかりと胡座をかくと、さも可笑しそうに笑っていた。