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しほんたいへいき

私本太平記(七)

吉川 英治

吉川英治『私本太平記(七)』。同一底本的分册已合并为一书。收入:私本太平記、私本太平記、私本太平記。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 330,262 字 · 662 页

青空文庫

「よう、ご推量で」

「直義ならぬわしの姿に、あのような、うろたえをして去ったものと察しられた」

「御意。じつは、下御所さまのお文を持っており、お目にかかって、おうらみを申さいでは、と訴えますので、ならぬならぬ、さような儀が、この陣中で相なろうや、と説き諭し、泣きまどうのを、ようよう、兵の手に渡して、追い返したような次第でございました」

「遊女か」

「いや、公卿の想われ者のような、いやしからぬ……」

「直義からやった文とかを、そちに見せたのか」

「は。みじかい御文言のはしに、一首のお歌がみえたばかりにございまする」

「その歌は」

「さ。その歌は」

と、範国は、小首をひねったが、わすれました、どうしても思い出せません、と言ってあやまった。

尊氏は、笑って。

「よしよし、あとで直義へ訊いてやろう。この万里腥風のような血戦場の中で、直義にもそんな一面があろうとは、知らなかった。兄弟ゆえに、何もかもが、分りあっていると思い込んでおるのは、まちがいだな。いや、直義を見直したわえ」

不愉快に取るどころでなく、弟の秘事を愉しんでいる尊氏の容子には、範国も意外だった。その後、はたして尊氏が、直義に訊いてそのことを、からかったか否かはどうも不明である。