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しほんたいへいき

私本太平記

吉川 英治

03 みなかみ帖

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 126,598 字 · 254 页

青空文庫

「虫干しだ。――よろい櫃やら矢束やら。イヤ、持ち出してみると、思いのほか、少ないものよ」

「何の、これだけの御陣具があれば、二百の兵は賄えまする」

「いや常に、五百ほどな用意はと、心がけるのだが、虫蝕いやカビにさせぬだけでも、骨が折れるわ」

「はははは。ここでは、武器のお風入れ。水分では雨のお祈り。これでは、旱の太陽も、どっちへ加担してよいやら、迷うわけでおざりますわい」

「兄上にはいうな。お気をわるくなされよう。……そうだ、爺、よい所へ来てくれた」

急に、彼は、“虫干幕”の外へ足をはこび始めた。

そこらの莚には、弓師、皮縫工、飾師などが手入れ仕事に他念もない。で、他聞を避けるお心だろう。爺の左近はそう察しながら尾いて行った。――だが、その二人の背を、具足師の柳斎だけは、すでになにかを感じたように振向いていた。ふと、そんなときの柳斎の眼ざしには、ほかの工匠らにはない底光りがあった。

――はて。どこまで連れておいでなのか?

左近の白い眉がいぶかりを持ち出したとき、ようやく、正季は足をとめた。そして、林の中の小道から庭ごしを指していた。

「爺。……あれに見ゆる女子を知っていようが」