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なおこ
菜穂子
堀 辰雄
楡の家 第一部「物語の女」山本書店、1934(昭和9)年11月<br> 楡の家 第二部「文学界」1941(昭和16)年9月号<br> 菜穂子「中央公論」1941(昭和16)年3月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 88,758 字 · 173 页
そんな時、娘は何を聞きつけるのか、明がはっと目をるほど、神々しいような顔つきをする事があった。明はただ此の娘とこうやって何んの話らしい話もしないで逢ってさえいればよかった。其処には云いたい事を云い尽してしまうよりか、それ以上の物語をし合っているような気分があった。そしてそれ以外の欲求は何んにも持とうとはしない事くらい、美しい出会はあるまいと思っていた。それが相手にも何んとかして分からないものかなあと考えながら……
早苗はと云えば、そんな明の心の中ははっきりとは分からなかったけれども、何か自分が余計な事を話したりし出すと、すぐ彼が機嫌を悪くしたように向うを向いてしまうので、殆ど口をきかずにいる事が多かった。彼女ははじめのうちはそれがよく分からなくて、彼の厄介になっている牡丹屋と自分の家とが親戚の癖に昔から仲が悪いので、自分が何の気なしに話したおよう達の事でもって何か明の気を悪くさせるような事でもあったのだろうと考えた。が、外の事をいくら話し出しても同じだった。ただ一つ、彼女の話に彼が好んで耳を傾けたのは、彼女が自分の少女時代のことを物語ったときだけだった。