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おちむしゃにっき

落武者日記

山本 周五郎

「講談雑誌」博文館、1941(昭和16)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,460 字 · 23 页

青空文庫

二の二

――おや、この笑顔は?

祐八郎は、一瞬どきっと胸をつかれた。

――見た顔だ、どこかで見た笑顔だ。

そう思ったのである。

「すぐおすすぎを持ってまいります」

祐八郎の凝視にあって、娘は眉のあたりを染めながら、小走りに裏手のほうへ走って行った。

二の二

――そうだ。

闇のなかで、祐八郎は急に、夢から覚めたように眼を瞠いた。

――そうだ、妻の顔だ、あの眼許、眉のあたり、若菜の顔に生写しだった。

家のなかは暗く、物音もない、外には風があるとみえて、さらさらと粟の葉ずれの音が聞えてくる。もう夜半を過ぎたであろう、傷の手当にも、作ってくれた胡桃入りの粥にも、温い愛情と真実とが痛いほど感じられた。眼許や眉が似ているばかりではない、その愛情のこもったとりなしの端々が今は亡き妻の若菜をまざまざしく思いださせる。

「ああ、……若菜、おまえだった」

祐八郎は久しく口にしなかった妻の名を、胸の震えるような懐しさで呼んでみた。

襖がすっと開いた。

ほのかに燈火の光が流れてきた。そして、娘が跫音を忍ばせながら入って来た。

「もし、……どうかあそばしましたか」

「いやべつに、大丈夫です」