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おちばのとなり

落葉の隣り

山本 周五郎

「小説新潮」1959(昭和34)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 28,877 字 · 57 页

青空文庫

「いろんなことを云うんだな」繁次は苦笑いをした、「おれなんかにゃあ文句の意味もわからねえや」

「もうすぐだよ」とおつぎが云った、「そういう気持を覚えるには学問もいらず、てまもかからないからね」

そんなことを云われたのが、心のどこかに残ったのだろうか。それともほかに知った唄がないためか、仕事をはなれて、とぼんとしているときなどに、ふと気がつくとその唄をうたうのが癖になった。

「おかしなやつだぜ」と端唄のうまい兄弟子が云った、「唄ってものはしまいまできっちり覚えてからうたうもんだ、半端な唄はうたうな」

繁次は一言もない。なるべく気をつけるようにしたが、つい忘れて、ときどきわれ知らずうたい、独りで赤くなるようなことがあった。

二十二の年の春、参吉は長屋へ戻って、「島藤」の店へかよいの職人になった。店では一番の腕だそうで、大名や富豪の屋敷へは、もっぱら彼がゆくのだということであった。その年の夏、おひさも暇を取って家へ帰った。父親の角造が中気で倒れ、そのまま寝こんでしまった。増吉は神田白壁町の質屋へ奉公にいったばかりだし、どうしてもおひさが帰らなければならなかったのである。