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おちばのとなり

落葉の隣り

山本 周五郎

「小説新潮」1959(昭和34)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 28,877 字 · 57 页

青空文庫

八

「よして繁ちゃん、危ない」おひさは繁次にしがみついた、「ごしょうだからよして、危ない、よしてちょうだい」

繁次は殴るのをやめ、参吉の眉のところにある(昔の)薄い傷痕を見た。

「穏やかに話そう」と参吉が平べったい声で云った、「近所へみっともねえから」

「繁ちゃん」とおひさが泣き声で云った。

繁次は躯をどけ、参吉は起き直って、着物の衿を合わせた。

「もういい大丈夫だ」と繁次は喘ぎながらおひさに云った、「これから男同志で話すことがある、もう乱暴なまねはしねえから、おめえはうちへ帰っててくれ」

八

半刻ばかりのち、おひさが晩めしの支度をしていると、勝手の障子をあけて、繁次が覗いた。

「六つが鳴ったら渡し場のところへ来てくれ」と彼は囁いた、「話があるんだ」

「六つね」とおひさは頷いた、「いいわ」

繁次は障子を閉めて去った。

おひさが御蔵の渡しへいったとき、繁次は河岸っぷちに佇んで、暗くなった隅田川の水面を眺めていた。あたりはもうすっかり昏れてしまい、向う岸の灯がまばらに、ちらちらとまたたくように見えた。その渡しは六時が刻限なので、渡し小舎も戸を閉めてい、河岸沿いの道にも通る人は殆んどなかった。