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あしはみていた
葦は見ていた
山本 周五郎
「週刊朝日」1947(昭和22)年6月22日号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,985 字 · 36 页
ではこれでお別れ致します。けいさま、さようなら。
終りに名が書いてあるが、字がすっかり滲んでいて読めなかった。頼母は「ふん」と鼻をならした。
字もうまくないし文章も拙い。だが、そこには恋のよろこびが凱歌のようにうたってあった。それは恋の陶酔のなかで死んでゆく女の、歓喜と勝利の叫びといってもよかった。
――頼母はなにか思いだしたろうか、いや、なにも思いだしたようすはない、彼は軽侮の眉をしかめた。「よろこびと、幸福か」と彼は云った、「ふん、これを書き遺して死んだんだな、――どんな女か知らぬが、ばかなことをしたものだ」
頼母はその手紙を投げ捨て、もういちど釣竿を土に突き立てた。
風が渡って来て、葦が片向きに、葉をそろえてなびき揺れた。さわさわと乾いた音をたてながら、――葦たちはなにか囁きあっているようであった。十八年まえの或る夏の早朝、濃い霧の中であった出来事と、いま頼母が手紙を投げ捨てたことについて、……風がしきりに渡り、葦はさわさわと鳴りなびいていた。
頼母は堤に腰をおろし「城代」をものにする計画を、たのしげに考えはじめた。