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ばらとみこ

薔薇と巫女

小川 未明

「早稲田文學」1911(明治44)年3月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,174 字 · 15 页

青空文庫

ただ、その棒を持って立っているのが老人にとって漸くの力といってもよかったのである。

彼は、老婆からこの話を聞いているうちに、幼い時分に聞いた昔の物語りを思い出した。その不思議な寓意の物語りの筋が、ちょうどこのようなものであった。勿論筋の大体は違っているようだけれど、やはり斯様な老人が出て来るように覚えている。こう思って、彼は、老婆を眺めた。燈火の光りが当って老婆の白い頭髪は銀のように輝いている。老婆は、下を向いて眼を細く閉って、尚おも語りつづけている。

然るに或日のこと、この豪家の娘は門を逃げ出した。その夜は非常な嵐が吹いて、雨が降りしきった。家の周囲に繁っている林の木は悉く呻いた。雨は草木の葉を洗って、風は小枝を揉んで荒々しく揺った。暗い夜の天地は、さながら雨と風と草木との戦場のように思われた。

森の梢に棲を造っている小鳥は、夢を驚かされて、雌鳥は雛鳥を慰わって巣の上にしがみ付いた。雄鳥は、慌しく巣の周囲を飛び廻って叫び立てた。是等幾百の小鳥は、森と林の中に飛び廻り、雨と嵐を突き破って行衛もなく駆け騒いでいる。この時、娘は雨戸を繰って身を縮めて庭の闇の中に飛び下りた。