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ばらとみこ

薔薇と巫女

小川 未明

「早稲田文學」1911(明治44)年3月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,174 字 · 15 页

青空文庫

三

さながら、その地平線に咲き出た花のように、一輪の花が眼の前に頭を擡げている。

彼は、十歩余りで、その花に近づくことが出来た。それは病めるようなこの朧ろ月の下に咲いた黄色な薔薇の花であった。

この時、水を探ねたように香を嗅ごうと焦った。而して花に鼻を触れて見たけれど、花には何の香というものもない。

誰か造り花をこの沙原に来て挿したのではあるまいか。

急に、南の風が吹いて来た。明るく一直線に雲断れのした空は物凄かった。南の風は、人間若しくは、これに類した死ぬべき運命を持った生物の、吐く息のように生温かであった。急に頭が重くなって眼が暈るように感じた時、眼前に咲いた黄色な薔薇の花は、歯の抜けるように音なく花弁が朽ちて落ちた。

三

この夢の与えた印象を忘れることが出来ない。

何となれば、母は間もなく死んだ。

彼は、この時から「前兆」ということを考えた。今迄迷信と思って居た世の中の不思議な話が事実あり得べきことのようにも思われる。而して終には霊魂の不滅というようなことも信ぜぬ訳には行かなくなった。彼は寺の傍を通る時は、きっと何か考えて歩いた。夜、独り戸外に出る時は、きっと或る一種の不安に心が曇るのを覚えた。