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むし
虫
江戸川 乱歩
一~四「改造 第十一卷第六號 六月號」改造社、1929(昭和4)年6月1日<br>五~十二「改造 第十一卷第七號 七月號」改造社、1929(昭和4)年7月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 44,053 字 · 86 页
二
さて、冒頭に述べた、柾木愛造と木下芙蓉との、運命的な邂逅というのは、この土蔵の家に引移ってから、二年目、彼がこの様な風変りな生活の中に、二十七歳の春を迎えて間もない頃、淀んだ生活の沼の中に、突然石を投じたように、彼の平静をかき乱した所の、一つの重大な出来事だったのである。
二
先にも一寸触れて置いたが、かくも人厭いな柾木愛造にも、例外として、たった一人の友達があった。それは、実業界に一寸名を知られた父の威光で、ある商事会社の支配人を勤めている、池内光太郎という、柾木と同年輩の青年紳士であったが、あらゆる点が柾木とは正反対で、明るい、社交上手な、物事を深く掘下げて考えない代りには、末端の神経はかなりに鋭敏で、人好きのする、好男子であった。彼は柾木と家も近く小学校も同じだった関係で、幼少の頃から知合いであったが、お互が青年期に達した時分、柾木の不可思議な思想なり言動なりを、それが彼にはよく分らない丈けに、すっかり買いかぶってしまって、それ以来引続き、柾木の様な哲学者めいた友達を持つことを、一種の見得にさえ感じて、柾木の方では寧ろ避ける様にしていたにも拘らず、繁々と彼を訪ねては、少しばかり見当違いな議論を吹きかけることを楽しんでいたのである。