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むし
虫
江戸川 乱歩
一~四「改造 第十一卷第六號 六月號」改造社、1929(昭和4)年6月1日<br>五~十二「改造 第十一卷第七號 七月號」改造社、1929(昭和4)年7月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 44,053 字 · 86 页
でいる時など、発熱の為にドンヨリとうるんだ脳の中を、文子の笑顔ばかりにして、熱っぽい小さな腕に、彼自身の胸を抱きしめながら、ホッと溜息をつく位が、関の山であった。
ある時、彼の幼い恋にとって、誠に奇妙な機会が恵まれたことがある。それは、当時の高等小学二年級の時分で、同級の餓鬼大将の、口髯の目立つ様な大柄な少年から、木下文子に(彼女は尋常部の三年生であった)附文をするのだから、その代筆をしろと命じられたのである。彼は勿論級中第一の弱虫であったから、この腕白少年にはもうビクビクしていたもので、「一寸こい」と肩を掴まれた時には、例の目に涙を一杯浮べてしまった程で、其命令には、一も二もなく応じる外はなかった。彼はこの迷惑な代筆のことで胸を一杯にして、学校から帰ると、お八つもたべないで、一間にとじ籠り、机の上に巻紙をのべ、生れて初めての恋文の文案に、ひどく頭を悩ましたものである。だが、幼い文章を一行二行と書いて行くに従って、彼に不思議な考が湧上って来た。「これを彼女に手渡す本人はかの腕白少年であるけれど、書いているのは正しく私だ。私はこの代筆によって、私自身の本当の心持を書くことが出来る。