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むし
虫
江戸川 乱歩
一~四「改造 第十一卷第六號 六月號」改造社、1929(昭和4)年6月1日<br>五~十二「改造 第十一卷第七號 七月號」改造社、1929(昭和4)年7月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 44,053 字 · 86 页
しめ切って、家人の這入って来ない様にして、そこで小説本と、荒唐無稽な幻想の中に、うつらうつらと日を暮らしていたものだし、大学時代には、進級試験を受ける時の外は、殆ど教室に這入ったことがなく、と云って、他の学生の様に様々な遊びに耽るでもなく、自宅の書庫の、買い集めた異端の書物の塵に埋まって、併し、それらの書物を読むというよりは、虫の食った青表紙や、十八世紀の洋紙や皮表紙の匂いをかぎ、それらの醸し出す幻怪な大気の中で、益々嵩じて来た病的な空想に耽り、昼と夜との見境のない生活を続けていたものである。
その様な彼であったから、後に述べるたった一人の友達を除いては、まるで友達というものがなかったし、友達のない程の彼に、恋人のあろう筈もなかった。人一倍優しい心を持ちながら、彼に友達も恋人もなかったことを、何と説明したらよいのであろう。彼とても、友情や恋をあこがれぬではなかった。濃やかな友情や甘い恋の話を聞いたり読んだりした時には、若し自分もそんな境涯であったなら、どんなにか嬉しかろうと、羨まぬではなかった。だが、仮令彼の方で友愛なり恋なりを感じても、それを相手に通じるまでに、どうすることも出来ぬ障害物が、まるで壁の様に立ちはだかっていた。