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むし

虫

江戸川 乱歩

一~四「改造 第十一卷第六號 六月號」改造社、1929(昭和4)年6月1日<br>五~十二「改造 第十一卷第七號 七月號」改造社、1929(昭和4)年7月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 44,053 字 · 86 页

青空文庫

ある晩、彼は久しぶりで、池内光太郎の自宅を訪問した。彼の方では、あの秘密な方法で、繁々池内に会っていたけれど、池内にしては、一月半ぶりの、やや気拙い対面だったので、何かと気を使って、例の巧みな弁口で、池内自身もその後芙蓉とは、まるで御無沙汰になっている体に、云いつくろうのであったが、柾木は、相手が芙蓉のことを云い出すのを待ち兼ねて、それをきっかけに、さも何気なく、

「イヤ、木下芙蓉と云えば、僕は少しばかり君にすまない事をしているのだよ。ナニ、ほんの出来心なんだけれど、実はね、もう一月以上も前のことだが、芙蓉がS劇場に出ていた時分、丁度芝居がはねる時間に、あの辺を通り合わせたものだから、楽屋口で芙蓉の出て来るのを待って、僕の車にのせて、家まで送ってやったことがあるのだよ。でね、その車の中で、つい出来心で、僕はあの女に云い寄った訳なのさ。だが君、怒ることはないよ。あの女は断然はねつけたんだからね。とても僕なんかの手には合わないよ。君に内緒にして置くと、何だか僕が今でも、君とあの女の間柄をねたんでいる様に当って、気が済まないものだから、少し云いにくかったけれど、恥しい失敗談を打あけた訳だがね。