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むし

虫

江戸川 乱歩

一~四「改造 第十一卷第六號 六月號」改造社、1929(昭和4)年6月1日<br>五~十二「改造 第十一卷第七號 七月號」改造社、1929(昭和4)年7月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 44,053 字 · 86 页

青空文庫

来るニタニタ笑いを、隠さなければならなかった。

又ある晩は、たった一度ではあったけれど、彼は大胆にも、当の木下芙蓉の散歩姿を、自動車で尾行したこともあった。若しそれを、相手に見つかったならば、彼の計画は殆ど駄目になってしまう程、実に危険な遊戯であったが、併し、危険な丈けに、柾木はゾクゾクする程愉快であった。洋装の美人が、さも気取った様子で、歩道をコツコツと歩いて行く。その斜うしろから、一台のボロ自動車が、のろのろとついて行くのだ。美人が町角を曲るたびに、ボロ自動車もそこを曲る。まるで紐でつないだ飼犬みたいな感じで、誠に滑稽な、同時に不気味な光景であった。「御令嬢、ホラ、うしろから、あなたの棺桶がお伴をしていますよ」柾木はそんな歌を、心の中で呟いて、薄気味の悪い微笑を浮べながら、ソロソロと車を運転するのであった。

彼がこんな風に、自動車を手に入れてから、一月もの長い間、辛抱強く無駄な日を送っていたのは、云うまでもなく、池内を初め婆やだとか近隣の人達に彼の真意を悟られまい為であった。彼が自動車を買ったかと思うと、すぐ様芙蓉が殺されたのでは、少々危険だと考えたのである。