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エタにたいするあっぱくのえんかく
被差別部落とは何か
喜田 貞吉
喜田貞吉『被差別部落とは何か』。同一底本的分册已合并为一书。收入:エタに対する圧迫の沿革、特殊部落の成立沿革を略叙してその解放に及ぶ、特殊部落の人口増殖、特殊部落の言語、特殊部落と通婚問題、特殊部落と寺院、特殊部落と細民部落・密集部落、沙門と屠児、来り人の地位と職業、遠州地方の足洗、エタと非人と普通人、エタ源流考、「特殊部落研究号」発行の辞、「特殊部落」と云う名称について、『切支丹と旧エタ』について、「エタ」名義考、編輯雑感。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 133,169 字 · 267 页
4 エタと餌取
なる京都に於いては、もと鴨河原や島田河原の葬送や放牧の世話をしていたものに、餌取・余戸等の失職者が落ち合ったのを以て、所謂エタ源流中の本流とすべきものと解せられる。その中にも、「穢多の始は吉祥院の南の小島を以て本と為す」という「雍州府志」の記事は、ここがエタ最初の場所だと語り伝えられていたものと思われる。
4 エタと餌取
餌取はもと主鷹司被管の雑戸で、後世の餌差と同一のものであった。彼らがもと必ずしも賤民でなかったことは、別項「餌取考」に於いて述べておいた通りである。そしてそれがまた或いはエタの名の起原でありうべきことも、また別項「エタ名義考」中に述べておいた。そしてその餌取本来の居処は、平安京右京第三坊で、佐比大路の西三町目にある餌取小路にその名が残っているのである。しかるにその餌取らは、殺生を忌むの風習が盛んになった結果として、主鷹司の廃止とともにその職を失い、為にもとの居処に最も近い、桂河原の佐比・石原の地に流れ出して、放牧・葬送等の世話仲間となったかと想像される。けだしこれ最も自然の成行きであらねばならぬ。またこれを地理上に見るに、舁揚部落、すなわち今の大藪・築山辺の地は、餌取小路の南端、南京極の地から正南僅かに二十町で、小島はその東方僅かに六七町の距離を有するに過ぎないのである。