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ろんごものがたり
論語物語
下村 湖人
「現代」大日本雄弁会講談社、1938(昭和13)年
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 132,688 字 · 266 页
孔子はやはり眼をとじたまま、しばらく考えに沈んでいたようであったが、深い吐息を一つもらすと、子路の方を向いて云った。
「それで、渡場に行く道は、どちらにするかね。」
子路はぎくりとした。荘厳な殿堂の中で、神聖な審問を受けているような気がして、棒のように突っ立った。
「わしは人間の歩く道を歩きたい。人間と一緒でないと、わしの気が落ちつかないのじゃ。」
と、孔子は子路から他の門人たちに視線を転じながら云った。
「山野に放吟し、鳥獣を友とするのも、なるほど一つの生き方であるかも知れない。しかし、わしには真似の出来ないことじゃ。わしには、それが卑怯者か、徹底した利己主義者の進む道のように思えてならないのじゃ。わしはただ、あたりまえの人間の道を、あたりまえに歩いて見たい。つまり、人間同志で苦しむだけ苦しんで見たい、というのがわしの心からの願いじゃ。そこにわしの喜びもあれば、安心もある。子路の話では、隠士たちは、こう濁った世の中には未練がない、と云っているそうじゃが、わしに云わせると、濁った世の中であればこそ、その中で苦しんで見たいのじゃ。正しい道が行われている世の中なら、今頃はわしも、こうあくせくと旅をつづけていはしまい。