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ろんごものがたり
論語物語
下村 湖人
「現代」大日本雄弁会講談社、1938(昭和13)年
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 132,688 字 · 266 页
」
孔子は語り終って眼をとじた。風の音が、樹々をつたって、しずかに遠くの谷間に消えて行く。孔子は、その風の音に聞きほれながら、自分の永かった苦闘のあとを顧みた。神秘を求めず、奇蹟を願わず、常の道を、自己の力によって、一歩々々と深めて行き、その深められた極所において、一切を握りしめている一個の人間を、彼は彼自身において見出した。彼は、自分の達し得た境地は、もし誠を積むの努力さえ払われるならば、何人もが達しうる境地であることを思った。彼はそう思うことによって無限の悦びを感じた。
(自分の歩いて来た道は、万人の道だ。自分は今、何人が自分の言葉に従って自分のあとを歩もうとも、いささかの不安も感じない。なぜなら、自分の言葉には、ただの一つも空想がなかったからだ。自分は自分の言葉を、残らず実践によって証明して来たのだ。否、実践の後にこそ自分の言葉が生れて来たのだ。)彼は立上って空を仰いだ。空はやはりはてもなく蒼かった。そして泰山の土が、がっちりと彼の脚を支えていた。
門人たちは、めいめいの心境に応じて、孔子の言葉を胸の中でくりかえしながら、孔子の姿を仰いだ。誰も一語を発する者がなかった。