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まけないおとこ

負けない男

佐々木 邦

「講談倶楽部」大日本雄辯會講談社、1930(昭和5)年1月~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 98,799 字 · 202 页

青空文庫

「十時過、十一時近くってんですからね」

「晩いわね」

「寄っちゃ具合が悪いでしょう?」

「さあ」

「郵便にしましょう」

「もっと早い法があるわ」

「電報?」

「寄って戴きますわ。矢張り」

「しかし十一時過ぎますよ」

「構いませんわ」

「今晩の明晩じゃ続き過ぎます」

「続き過ぎても構いませんわ。好い法があるのよ」

「何うするんです?」

「あら」

と道子さんは手を引いた。女中が紅茶を持って上って来た。

二人は完全な沈黙を守って、その去ることの一瞬刻も早きを祈った。なまじ取繕って当らず触らずの話を始めると、先方も当らず触らずの積りで長居をする。

「好い法があるのよ」

「何うするんです?」

と会話は切れたところから又始まった。

「あなた何か忘れ物をしていらっしゃれば宜いわ」

「成程」

「紙入が宜いわ」

「承知しました」

「私、後から発見しますから」

「忘れない中に差上げて置きましょう」

と堀尾君は早速内隠しから出して渡した。

「確かにお預かり致しました」

「一寸待って下さい。一枚出して置きます」

「まあ! オホヽヽヽ」

「ハッハヽヽ。これぐらい正気な忘れ物はありませんね」

「お声が高いわ」

「それで?」

「私、後から発見して、『あら、紙入を忘れてお帰りになりましたわ』