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まけないおとこ

負けない男

佐々木 邦

「講談倶楽部」大日本雄辯會講談社、1930(昭和5)年1月~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 98,799 字 · 202 页

青空文庫

「これは失礼」

「危い。目が見えないのか?」

「失礼しました。やあ、君」

「何だい? 堀尾君か?」

「ハッハヽヽ」

と堀尾君が笑った時、汽車が動き出した。

「思いがけない。何処へ?」

とそれは○高以来一緒の間瀬君だった。

「東京へ行くんだ」

「僕も帰るんだ。丁度好い」

「こゝから乗ったんだね?」

「うむ」

「何処だい? 席は」

「そこだ。三つ目だ」

「何だい? おれのところを取ってしまったのかい?」

と堀尾君は驚いた。しかし隣りの人に譲って貰って、二人並んで坐ることが出来た。

「奇遇だな。君の席を取った上に鉢合せをしたんだから」

「目の見えない証拠だよ」

「ハッハヽヽ」

「人のことを目が見えないかなんて、アベコベじゃないか?」

「一言もない」

と間瀬君は気がついたように眼鏡に手をかけて、片下りになっていたのを直した。高度の近眼だ。分厚の玉越しに目が歪んで見える。

「郷里へ帰っていたのかい?」

「うむ。お婿さん支度で忙しい」

「九月というと後一月だね」

「いや、繰り上げたんだよ。もう直ぐだ」

「ふうむ。それはお芽出度う」

と堀尾君は祝した。間瀬君は卒業早々東京の或裕福な家庭から養子に懇望されて、もう話が定っている。