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まけないおとこ

負けない男

佐々木 邦

「講談倶楽部」大日本雄辯會講談社、1930(昭和5)年1月~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 98,799 字 · 202 页

青空文庫

堀尾君はそれを披見して、真赤になった。道子さんへ宛てた手紙の書き損じだった。

「…………」

「堀尾君、もう宜しい」

「…………」

「心配は要らない」

「失礼します」

と堀尾君は庶務課へ戻って来た。

「君、何うした?」

と安川君が怪んだ。

「あゝ」

「やられたね?」

「実に失敬な奴だ」

と堀尾君は歯ぎしりをしたが、非は自分にある。しかし狡猾で便箋を利用したのでない。愛人へ書く為めには一枚の紙が十円しても惜しくないと思っている。その辺を説明してやりたかったが、今更仕方がなかった。

間瀬君改め清水君のところへ招待されたのは丁度その日の夕刻だった。

「待ったぜ」

と清水君が玄関へ出迎えた。

「晩かったかい?」

「然うでもない。出ると叱られるけれど、今日は特別さ」

「うむ」

と堀尾君は客間へ通った。

「昨夜は失敬した」

「僕こそ」

「湯に入らないか? 僕は先刻済んだ」

「面倒だ」

「無精を極めないで流し給え。清々するぜ」

「よそう」

「何うしたんだい? 顔色が悪いぞ」

「おれは会社をよそうと思う」

「え?」

「五十五円で縛られるのは考えものだ」

「又始まったね」

「実に癪に障る」

「喧嘩をしたな?」

「いや、喧嘩にならないんだから残念だ」