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にせもの

贋物

葛西 善蔵

「早稲田文学」1917(大正6)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,476 字 · 43 页

青空文庫

一生亭主と離れていても不自由ないという自信でも持ってるらしい口吻で、細君は言った。

「そうだったかしれない」と耕吉も思った。

「やはり俺のように愚かに生れついた人間は、自分自身に亡霊相手に一生を終る覚悟でいた方が、まだしもよかったらしい。柄にもない新生活なぞと言ってきても、つまりはよけいな憂目を妻子どもに見せるばかしだ」さりとて継母の提議に従って、山から材木を出すトロッコの後押しに出て、三十銭ずつの日手間を取る決心になったとして、それでいっさいが解決されるものとも、彼には考えられなかった。

初夏からかけて、よく家の中へ蜥蜴やら異様な毛虫やらがはいってきた。彼はそうしたものを見るにつけ、それが継母の呪いの使者ではないかという気がされて神経を悩ましたが、細君に言わせると彼こそは、継母にとっては、彼女らの生活を狙うより度しがたい毒虫だと言うのであった。

彼は毎晩酔払っては一時ごろまでぐっすりと睡りこんだ。眼が醒めては追かけ苦しい妄想に悩まされた。ある時には自分が現在、広大な農園、立派な邸宅、豊富な才能、飲食物等の所有者であるような幻しに浮かされたが、また神とか愛とか信仰とかいうようなことも努めて考えてみたが、いずれは同じく自分に反ってくる絶望苛責の笞であった。