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てんき

転機

伊藤 野枝

「文明批判 第一巻第一号、第二号」1918(大正7)年1月、2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 33,656 字 · 67 页

青空文庫

三

しかし、一度はそれを自分の問題として寝食を忘れてもつくした人が、もう思い出して見ないというようなことが、どうしてあり得るのであろう? 私はこの景色を前にして、色々な過ぎ去った話を聞いていると、最初に私が、その事件に対して持った不平や疑問が、新たにまき返ってくるのであった。

三

私が初めてその谷中村という名を聞き、その事件について知り得たのは、三年か四年も前のことだ。その頃私の家に一番親しく出入していたM夫妻によって、初めて私はかなりくわしく話して聞かされた。

ある日――それはたしか一月の寒い日だったと覚えている――M夫妻は、いつになく沈んだしかしどこか緊張した顔をして門をはいってきた。上がるとすぐ例のとおりに子供を抱き上げてあやしながら、ひとしきりよろこばしておいて、思い出したように傍にいた私に、明日から二三日他へゆくかもしれないといった。

「何方へ?」

何気なしに私はそう尋ねた。

「え、実は谷中村までちょっと行ってきたいと思うのです。」

「谷中村って何処なんです。」

「ご存じありませんか、栃木ですがね。例の鉱毒問題のあの谷中ですよ。」

「へえ、私ちっとも知りませんわ、その鉱毒問題というのも――」