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こんじきのし

金色の死

谷崎 潤一郎

「東京朝日新聞」1914(大正3)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,997 字 · 46 页

青空文庫

もう一つ彼の嫌いなのは歴史でした。「歴史と云う者は一つの長い線に過ぎない。」と、彼は始終云って居ました。彼の好きなものは第一に語学、それから機械体操、図画唱歌などで、英語は既に四年生時分から、卒業程度の学力を具えて居たと見え、種々雑多な小説類や哲学的の書籍に目を曝して居た様子です。そうして、自分の家庭に西洋人の教師を聘して、いつの間にか独逸語や仏蘭西語など迄読んだり話したりする様になって居ました。彼の喉と舌とは、余程外国語の発音に適当して居たらしく、学校で教わって居るつまらないリーダーの文章ですら、一と度び彼に朗読されると何とも云えない流暢な響きを伝えて、忽ち金玉の文字と化し去るような気がするのです。その頃日本の文壇にはモオパッサンの作物が持て囃された時代でしたが、私共が覚束ない飜訳を便りにして通がって居る際に、彼はもう原文ですら/\と読み下す事が出来ました。

「君、ふらんす語のモオパッサンはこんなに綺麗なものだよ。」

と云って、彼は或る時 Sur L'eau の初めの方を一ページばかり読んで聞かせた事があります。ふらんす語に就いて何等の知識も持たなかった私の耳にも、成る程それは世にも美しい文章の如く感ぜられました。