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なべしまかいのかみ
鍋島甲斐守
吉川 英治
「オール讀物」文藝春秋、1936(昭和11)年9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,322 字 · 23 页
六
六
夏祭りの宵である。杉の森神社の御輿が、汗のにおう町の中で揉んでいる。
お高の家だけが、歯の抜けたように、祭礼の提灯が燈っていなかった。養父の彦兵衛は、そんな費用も惜しんで、町内の交際を断っていた。
格子の外に出て、お高は近所の軒の灯を見ていた。お高は美しい着物を着ていたが、
(こんばんは――)
と、ことばをかけて通る者もなかった。むしろ、彼女の美貌までが、養父の蓄めている金と共に、呪咀の的に見られていた。
『……どうしたのだろ?』
世間の中の淋しさには馴れていたが、家の中の淋しさには絶えかねるらしい。お高は、帰りのおそい養父を、しきりに待ちわびていた。
『民谷さんの家で手間をとっているかもしれない? ……』
そう考えると、お高は急に、不安になった。民谷銀左衛門に新之助という浪人者の父子の家である。その父子の住んでいる浪宅は、つい近所の蠣浜橋の向うなので、日済金あつめのいちばん仕舞いに寄る事が例だった。
『もしや又? ……』
格子を閉めて、お高は、涼みながら蠣浜橋を渡って行った。途中でも会わなかった。橋向うの材木屋の裏長屋に、民谷父子は住んでいた。
蚊が顔へぶつかってくるような露地だった。