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なべしまかいのかみ

鍋島甲斐守

吉川 英治

「オール讀物」文藝春秋、1936(昭和11)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,322 字 · 23 页

青空文庫

『では私に、死ねというようなものです。……新さん、私は、わたしはもう……ただの体じゃあないではありませんか』

『…………』

新之助は、闇の中の又闇の中に、もう一箇の人間のかたちになりかけた一塊の血液を思いうかべて、自分が確かに為した事の結果に、慄然とおののいた。

――男女は裏口から出て行ったらしい。

彦兵衛は、階下のささやきを、梯子だんの上からそっと首をのばして聞いていた。

(心中などしはしまい)

そう考えて、自分をなぐさめたが、生きてゆくとしたら、あの男女はどうするだろう。

階下の金箪笥へ、手をかけた様子もない。金を持って出ないとすれば、死ぬ気ではないかとも疑われる。

『五ツの年から、今日まで育てて来た養女だ。――あんな者に持って行かれちゃあ……』

彦兵衛は急に、お高の体が、金のように惜しくなった。妊娠していても、子どもは後でどうにでもなると思う。

『そうだ』

すぐ裏口から彼は外へ追いかけて出た。

男女の影は、もう見当らなかった。だが、見当っても、新之助へいきなり食ってかかる事は、多分な危険があると思った。お高を奪り返せる自信もないし、うかつに寄りつけそうもない気がする。