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なべしまかいのかみ
鍋島甲斐守
吉川 英治
「オール讀物」文藝春秋、1936(昭和11)年9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,322 字 · 23 页
――半田屋の後家の云い分を、肯いてやるのか、嫌か』
『おそれながら……その儀はどうも』
『和解せぬというのだな』
『貸した金と利とを、揃えてくれるというならば、和解いたしてもよろしゅうございますが』
『それなら、公事にはならぬ。……どうじゃ彦兵衛、そちも、生涯に一度ぐらいは、善き事をしては』
『よい事なら、いつでも致したいと思いまする』
『だから、云うておるのじゃ。おまえの事を、街の者は、鬼と云うておるが、甲斐守の眼から見れば、おまえは決して、元来そんな悪党ではない、肚の中には、やはり善性がある者と見ておる。ただ高利貸という家業が、おまえを鬼に作っているのだろう』
『御尤でございます、その通りでございます』
彦兵衛は、欣しそうにもじもじした、細い眼を、よけいに細くして、奉行の顔を、知己のように見あげた。
『それみい、賞められれば、そちは欣しいだろう。些細な善を褒められてもそうだ。まして、大きな善をなせば、それだけ大きな欣びがある。鬼だとか、人非人とか、世間から死ぬまで唾を吐きかけられて居たくもあるまい』
『へい』
『生涯一度の善事をするつもりで、此度の公事は取下げて、半田屋の後家と和解してやれ。